年末タイムスリップそして2013年の終わりに

2013年も早いものであと1時間です。
2012年の終わりにこのブログに書いたコメントを読み返しました。
2012年は地に足のつかない、「夢のような」年だったと。
では、2013年はまさに「夢の続き」を見ていたような。。。
または、デジャブ?
忙しさややりがいを求めて、火中の栗を敢えて拾いににプロジェクトへ異動したはずが、
途中でプロジェクトが方向転換し、大きな体制変更があり。
一言で行ってしまえば、火中からひょいっと押し出されてしまった感。
火中の栗には手の届かない、しかし、火の手は時折襲ってくるし逃げるわけにもいかないし
という微妙な立ち位置に悩むことしばし。

しかし、何事にも無駄ということはなく、この1年で普通なら経験できないことを
たくさん学び、経験することができました。この経験を活かして、2014年は「夢」からの
脱却、現実路線を目指します。

さて、次は年末タイムスリップの話。
3泊4日の旅に出ました。旅の目的は、山口県周南市の大津島にある「回天記念館」を
訪ねることでしたが、せっか遠出するのだからとその周りや帰り道にあるものをいろいろ
見てきましたが、結果的に歴史を感じる旅となったため、タイムスリップと名付けました。

1日目:東京→新山口→湯田温泉(山口県)
湯田温泉は新山口から在来線で15分くらいのところにあるひなびた温泉地です。
お湯は良かったけど、他にはほんとに何もない!
観光の売りにしている感じの足湯も地元民の憩いの場?になっています。
ここだけ目指して行くのははっきり言ってつらいな。遠いし。
中原中也の記念館が近くにありました。

2日目:湯田温泉からバスツアーで萩(山口県)・津和野(島根県)
せっかくなので、萩・津和野を見てきました。
萩では吉田松陰を祀った松陰神社や萩の城下町を見ました。
豪商だったという菊屋の建物や店表、銀行のない時代に現金を保管した金蔵のようすが
そのまま見ることができました。
萩名物、夏蜜柑の丸漬を購入。
津和野も江戸時代の建物や街並みがそのまま残っていました。
享保15年創業の華泉酒造・明治11年創業の古橋酒造を訪れ、日本酒の試飲・購入をしました。

3日目:下関(山口県)→北九州市(福岡県)
下関では全長153mの海峡ゆめタワーに上ってみました。
関門海峡の地形が一望でき、「あー、地図帳見たい!しかも学校で使ってたような詳しいや
つ。」と思いました。宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘をした巌流島も見えました。
思いがけず、フェリーで北九州の門司港まで5分くらいで行けるそうなので行ってみました。
そして関門トンネル人道(関門海峡をつなぐ海底トンネル)を徒歩で15分くらいで
歩いて戻りました。
その後、下関の長府も行ってみました。
こちらも、江戸時代の土塀が残る町並みを歩くと、その時代にタイムスリップしたようでした。
武家屋敷っぽい家が素敵なカフェになっていたり。時間があれば入ってみたかった。
明治36年に建てられたという長府毛利邸でお抹茶と和菓子をいただきました。
静かな純和風の邸宅で時の流れが止まったようでした。

4日目:大津島(山口県)→姫路城(兵庫県)→新大阪(大阪府)
最終日にしてやっと大津島の「回天記念館」に行くことが出来ました。
「永遠の0」の影響で、俄かに戦争や特攻に興味を持つ人が増えているとのこと。
自分もご多分に漏れず、「永遠の0」きっかけではありますが、夏にこの本を
読んでから太平洋戦争と特攻、そして関連するその時代に関する書物を読み漁って
います。

その中で私が衝撃を受けたことは、「桜花」と「回天」という2種類の特攻兵器でした。
「桜花」と「回天」は端的に言えば、それぞれ「人間爆弾」と「人間魚雷」です。
特攻というと「永遠の0」で注目を浴びた零戦が有名ですが、零戦というのは
あくまでも航空戦のために開発された航空機ですから、人が乗って、操縦して、
そして帰還することを前提として作られています。
一方、「桜花」と「回天」は特攻のために開発されたもので、攻撃後の生還を前提
としていません。すなわち、桜花には母機から発射された後、着地するための
装置がありません。回天には脱出装置がありません。
もしも、敵を討つことができなかったとしても、攻撃が失敗したとしても、
生還は不可能だった、まさに「必死」の兵器だったのです。
こんなものを作らなければならなかった時代がこの日本にあったこと、それも
そう遠くない過去であることに私は衝撃を受けました。

特に回天に関しては、「出口のない海」という小説(そして映画)を読んだことも
あり、その舞台となった回天の基地のあった大津島にある記念館に行ってみたいとかねてより
思っていたことが今回の旅で実現することができました。

回天記念館では、回天の搭乗員でありながら奇跡的に生還した方、出撃を免れ終戦を迎えた
方の貴重なコメントを記録した30分ほどの映像を見ることができます。
「これに乗って、家族や恋人、故郷を守る、ひいては国を守るという誇りを持っていた」
その言葉がとても印象に残りました。
戦争は決して美化すべき過去ではないと思いますし、日本の右傾化を案じる声もあるよう
ですが、命と引き換えに国の礎を築いた人々に思いを馳せ、手を合わせる時間も、またあって
良いのではないかと思います。

姫路城は言うまでもなく素晴らしかったです。
今は天守閣の保存修理中で、天守閣の中に入ることはできませんでしたが、その代わり
今だけの特典として、保存修理見学施設「天空の白鷺」のエレベーターで上まで上がって、
修理中の屋根や外壁を外側から間近で見ることができました。
甲冑のコレクションは見事で圧倒されました。
また、戦争中は姫路城を黒いもので覆って空襲から守り、戦後は焼野原と化した姫路の町の
復興のシンボルとなったそうです。その当時の写真が展示されていました。

新大阪では、駅中の「くくる」でたこ焼き食べてきました。

さて、長くなりました。
江戸時代の街並み、商家、お城を見て歩き、幕末の志士の
ゆかりの地を歩き、明治時代の日本家屋でお茶を飲み、太平洋戦争で特攻の基地となった
場所で手を合わせました。まさにタイムスリップでした。
もっと勉強していけばよかったな。そして地図帳買おう。























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by orangeteatree | 2013-12-31 23:59 | 生活・その他

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